2004年12月26日

擬態する男の未来

恋愛とか人に好かれるとか、もう、どうでもいいし。
孤独を通した冷えた視点が、自分にとっては一番まともだ。

と、思い直したのにまたこれですよ。


ヒゲ

ワーイヒゲダー>ヽ(゚∀゚)メ(゚∀゚)メ(゚∀゚)ノ<イカホモー


2年前、あべメンタルクリニックの紹介状まで
書いてもらった人間が、野郎系を目指すようになり、ノンケに
タチで応戦したりて、現在では女性もありかなとか言ってる。

元々、主体性が無いから自己主張の強い人間なんだと思う。
では、こうやって性の境界を行き来するのは・・
セクシャリティが曖昧だから、ではないのだろうか。

性を、性別、性自認、性対象と分ける、なんてことを
普段はゲイだってしない。そんなことが必要にならない。
しかし、分けていかないと判らなくなる人間は結構居る。
例えば自分の場合、

性別  男
性自認 うーん・・男?
性対象 えーと、男は好きだけど・・

オフ会に参加した子の場合

性別  女
性自認 男の子モードと女の子モードがあるんです。
性対象 ほぼ女性

こんな人も居たな

性別  男
性自認 男
性対象 女(但し、見た目の性別は関係無し)


て感じでな。
更に複雑なのが、カテゴライズされたジャンルの
中でも、それぞれの捉え方が全く違うと言う事。
そこで、どこに属したらいいか決めかねることはよく起こる。

別に、カテゴライズする必要はない、という意見も正しいが、
男と女といったように、社会に示せるセクシャリティが欲しいと
考える人達の方に自分は賛同する。

さて、自分の野郎化計画。
いつまで経っても、男性への擬態を楽しんでいる
ような感覚にしかなれなくて、未だ男性には馴染めない。
ゲイにも馴染めない。
どこに行けば何がありますか。
posted by にゃ at 02:38| Comment(5) | TrackBack(0) | 私事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
自分は、あんまりセクシャリティって考えたことはないですね。
ちょっと特殊な?自営をやっているせいか、あまり社会との接点がないせいかなぁ。
ま、人間っていう範疇で括ってるのかもしれません。
Posted by luckypapa at 2004年12月26日 15:58
>papaさん

実は、とあるゲイ雑誌が復活するということで、
それについて書こうと思ったんですよ。

なんでそんなに拘るの?とも、自分も言われるし、
GIDの方もそういう話はしょっちゅうだそうで。
でも、当事者には大問題なんですよね。
意識しないで暮らしたいからこそ、ですね。
Posted by にゃ at 2004年12月26日 19:34
私は、にゃさんの言われる所の のんけなんで詳しいことや考え方はわからないんだけど、物事を悩む時は自分の中に既に答えはあると思うんです。
今はまだ答えが必要な時では無いのではっきり出てこないのでしょう。
自分で考える「絶対不正解」な事を行わないでいたら いつか「自分にとっての大正解」がでるんじゃないかな?なんて思ったりします。
Posted by ひろき at 2004年12月27日 06:49
俺は男として、男が好き。
それはある意味、「男である事」に捕らわれている証左かもしれない。
そりゃ、社会的に歓迎される関係を築きたいって欲望はあるけど、無理して体裁整える自分より、男として男に惹かれる自分のほうが好きなんだ。

結局、人の心の問題は他人には分からない。
専門医ですら分かるとは限らないからね。
一般論で言うと、自分が好きになれる自分を指向する事がベターって事かな?
Posted by Ducks at 2004年12月28日 00:42
>ひろきさん

とりあえず乗り込める、思い込める事実があって、
それを受け入れられればどんなに楽かって思うことは
あります。
諦めてしまえば・・でも、無理なんですよねえ。


>ducksさん

自分、最近気づいたのが、自分てひたすら正しく
生きたいと願っているんだなぁてことです。
だから、相手の正しさに滑り込んだり、否定したりする
恋という行為はつくづく面倒な感情だと思います。
自分の正しさを伝えたいのに・・というエゴが
台頭してしまって、どんどん空回りするんですよねえ。
ほんとつらいです。
Posted by にゃ at 2004年12月30日 19:51
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。