2005年01月28日

超な自分で合体せよ

誰かが勝手に取り付けたカテゴライズを
自分の諦念でゴタゴタと補強して
これが最終形態だと思いこんで戦うことってない?


もちろん、日常生活で。


他人の目は必要。
他人と生きる自分の行動を、少しずつ
補正していければだんだん楽に過ごせるようになる。

だけど、「本当はそんなんじゃない」自分を
人にはそう見えるから、という理由で装着するのは
今すぐやめるべきだ。

合体ロボットのおもちゃに使われる超合金。

その強い名前の金属の「超」は、単に耐久力を指すものだ。
何も夢のような機能があるわけではない。

他人に着けられた「超」を生きるのもまた
社会に耐えるためのもの。

それだけではなく、自分らしく生きたいなら
そこに自分の「超」を忍び込ませて強くなりたい。
posted by にゃ at 11:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 考え事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
自分は〜であるべき、という概念を強く持つから苦しくなるんじゃないかな?
だけど、主体性なくその時々の感情で動いていたら周囲の信頼がなくなるのも確かだよね。
とても難しい話です^^;
Posted by ducks at 2005年02月01日 16:31
>duckさん

日々バランス調整の繰り返しですよー
最近は、そんな自分が面白くなりつつあります。
がんがれ自分て感じです。
Posted by にゃ at 2005年02月04日 20:56
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